「貴方に騙された方は、一体何人くらいいるのでしょうか」

 白銀の髪を弄りながら、柳生はぽつりと呟いた。些細な疑問が、零れた吐息と共に空間を震わせる。静かな部屋の中、揺れているのはカーテンとその隙間から差し込む薄日だ。静謐に満ちた空間で、二人は特に何をするでもなくベッドの中で向かい合っている。ただ、それだけだった。
 柳生の独り言にも似た呟きを聞きとがめた仁王の眉がほんの少し上に上がる。するりと指の隙間から零れてゆく髪を視線でだけ追えば、それは仁王の背の向こう側に隠れてしまう。仁王はほんの少し肩を竦め、手持ち無沙汰になってしまった柳生の手をそっと、まるでダンスでも申し込むかのように取り手の甲に口付けた。随分と、気障な所作だ。

「さあ……数えとらんのう」
「私は、何番目だったのでしょうね」

 クスリと口元に手を遣り、笑みを浮かべて首を傾げている柳生をぼんやりと眺めながら仁王は考える。彼が何度騙されてくれたことだろうかと。不思議なことに、柳生はいつでも仁王の嘘を見破った。ある時はあっさりと返されまたある時は騙された振りをされたこともあった。そんな事に気付かない仁王ではない。しかしながら何故と問い掛けるのは憚られた。柳生の口から答えを聞いてしまえば、それは謎ではなくなってしまうからである。
 知らないままの方が良い時もあることを、仁王はよく理解していた。そして柳生が仁王の嘘を見破る理由は、きっと知ってはいけないものの一つなのだと無意識下で認識していた。
 だから仁王は聞かない。ただまた、戯れに愛の言葉を口にして。

「でも、お前さんは特別じゃ」
「おや、またお得意のペテンですか」
「嘘じゃなかよ」

 そう言ってキスを仕掛ける仁王の言葉を鵜呑みにできるほど柳生は大人ではなかったし況して乙女でもなかった。甘い言葉を信じられるのは恋をしている少女か諦めを知っている大人だ。柳生はそのどちらでも勿論ありえないのだから、仁王の言葉を信じることはできない。
 そもそもが虚構だった。ままごとのような恋愛だ。互いに臆病なまま本質的な所ではどちらをも信用していないのだから。

「もっかいしよ」
「嫌です」
「ケチじゃな」
「明日も練習があるんですよ、当然でしょう」
「俺は平気じゃ」
「私は辛いのです」

 そうは言っても仁王の悪戯な手は肌をゆっくりと辿るからまた、柳生は快楽を堪えるのに眉を寄せた。折角つけた眼鏡が外され視界は一気にぼやけてしまう。

「ほら、感じとる」

 ふっと耳元で息を吹きかけられながら囁かれれば、柳生の身体は反射のように震えてその反応をまた笑われた。指が辿る感覚は、瞼を閉じ視界を閉ざしてしまえば一層のこと顕著になる。

「可愛いぜよ」

 嘘吐き。柳生は心の中で苦笑して涙して罵った。欠片もそんなこと思っていないくせに優しい笑顔で愛していると囁ける仁王は本当に詐欺師だとしか思えない。
 可哀相な人ですね。
 呟けど言葉にできない想いはキスの間に呑まれてしまいやはり仁王に届くことは無かった。





愛を知らない

07.11.11 H