「こどもみたいですね」

 柳生は仁王に手を握られたまま少しばかり首を傾げて、くすりと、苦笑に近いような曖昧な笑みを浮かべた。仁王の手の温もりをじわりと感じる柳生の手は、冷たい。

「なん?」
「だって、ほら」

 そう言ってちょっと手を示してみせ、悪戯に肩を竦める。仁王は柳生の意図するところが分からずに、きょんと目を見開いたまま首を傾げ真っ直ぐに柳生を覗き込んだ。交錯する視線。繋いだ手のひらからじわりと広がるのは、互いの温度だった。
 柳生は、ほんとうにわけが分からないと言わんばかりの表情を浮かべる仁王に笑みを堪えきれず、声に出して笑う。くつくつと喉の奥から漏れる遠慮がちな笑声に、仁王は益々眉を顰めた。言葉の意味も笑みの意味も、柳生のことで分からないことがあると云うこと自体が癪だったのだ。それも、相手は己のことをまさに言っているいるというのに。

「……はっきり言いんしゃい」

 向き合って座しているから互いの顔は正面に捉えられる。
 空いている右手でぎゅうと鼻の頭を捻ってやれば、柳生は痛いですと言ってぺちりと仁王の頭を叩いた。軽い、乾いた音。二人しかいない部屋の中でこうして戯れている時間はひどく貴重で、そして穏やかだ。

「紳士のくせに、暴力はんたーい」
「先に仕掛けてきたのは貴方でしょう」
「かわいくないのう」
「男なのですから当然です」

 きっ、と眦に力を込めて柳生は仁王を睨めつける。咎めるような視線の中にもしかし、怒りの色は伺えない。だからこれは只のじゃれ合いだ。
 仁王は口の端を擡げてにぃと笑った。丁度、悪戯っ子が良い獲物を見つけた時のように。そして柳生は何度かの彼との交渉の中でこの笑みが、その後の己を縛り付けるものであることをよく理解していた。だからびくり、と身体を強張らせる。
 案の定、仁王はゆっくりと柳生の服のボタンを外し始め寛げた胸元に音を立ててキスをした。鮮やかに散る赤。ん、と声を堪える柳生は、眼鏡の奥で反射的に瞼を閉じた。

「そう云う顔は、可愛いぜよ?」
「に、仁王くん!」

 ぺろりと舌を出して柳生を見据える。柳生の背中にぞくりと走ったのはこの後の展開を容易に予測できたことで予感される次の事柄に対しての感覚だった。それは即ち、齎されるだろう快楽への期待だ。

「で。俺が何で、こどもみたいなんじゃ」

 仁王は温かい手のひらで、するりと柳生の肌を撫でながら問う。もう知り尽くしてしまっている彼の、快感を引き出すのは容易いことだった。柳生は先程までの威勢は何処へやら、ふるりと肩を震わせ小さく声を上げた。

「言いんしゃい、……やぎゅう」

 耳朶を噛みながら、言葉を吹き込む。次いで舌を差し込んでやれば驚くくらい顕著に、柳生は震えた。粟立つ肌。感覚は研ぎ澄まされる。

「さ、先程眠いと、仰ったでしょう」
「それが、なん?」
「子どもは、眠くなると手足の温度が上がるのです。ですから、ほら」

 柳生は繋いだままの手をそっと持ち上げて、頬を上気させたまま、目はほんの少し涙で潤んだまま、微笑んだ。

「貴方の手が、あたたかい、から」
「そりゃ、お前さんに触ってるからな。別にこどもな訳じゃなか」
「それは光栄、ですね」

 柳生はそっと瞼を閉じて手の甲に静かに口付けた。好きです。そう聞こえた気がしたけれどもしかするとそれは冬の風がかたかたと窓を鳴らした音を聞き間違えただけなのかもしれなかった。けれども眼前で、己の目の前で起こっている今の出来事はまるで神聖な儀式のようで仁王は一言も言葉を発することができなかった。
 ただ時計の針がカチリカチリと進み、ぼーんと音を立てる。時刻は丁度、午前零時だった。

「メリークリスマス、仁王くん」
「メリークリスマス、柳生」

 仁王はキスを受けた手で、繋いだままの柳生の手を握り込み同じように持ち上げるとそっとキスをする。くすくすと、室内に響く笑声が冷えた空気を震わせた。
 
「素直な良い子には、プレゼントじゃ」

 柳生がしてほしいものやるし、したるよと囁けば、今度は本当に声を上げて笑われてしまった。折角の雰囲気がぶち壊しだと唇を尖らせる仁王の唇にそっと口付けて柳生はその背中に腕を回す。冷たかったはずの柳生の手が、じわりと温かみを増している事実を仁王は身を以って知ることになった。あたたかな手。共有する温度。全てはこの瞬間にしか在り得ないものだ。

「でしたら、約束を下さい」

 来年の今日また、私と一緒に過ごすと云う約束を、と呟いた柳生の頬にキスをして、仁王はうん、と一度だけ頷いた。
 肌を滑る仁王の手は温かく、そして肩を掴む柳生の手もまた、温かかった。





好きの温度

07.12.25 H