そっと触れるだけのキスの後、瞼を押し上げた柳生は真っ直ぐに仁王を見つめけれども無表情なままで言った。
「セックスの後の貴方とのキスは、冷たくて気持ちが好い」
仁王は全く以って不測の事態と言葉に反応することができず目を見開いたまま静止してしまった。柳生も仁王も素肌を晒したままで向き合っているものだから、触れるのは未だ熱ったままの肌で動揺は直に伝わる。柳生は平素からは全く想像のつかない艶然とした笑みを浮かべて仁王の頬を撫でた。
「……好きですよ」
されるがままになっていた仁王は次いでの柳生の言葉に今度こそ意識を失うかと思うほどの衝撃を受けた。微笑みでは無い。柳生が浮かべていたのはもっと、別のものだ。背筋をぞくりと駆け上がるものがあるほどの色艶を持った表情を、この男はいつの間に身に付けていたのだろうかと仁王は首を傾げる。
掠れた声のままで言葉を発そうと口を開いたが案の定上手く声が出ない。それでも懲りずにもう一度喉の奥から空気を押し上げ声を作り上げれば、やっとのことでたった一言が紡げるだけの音になり仁王は眼前の相手の名を呼んだ。
「やぎゅ、う」
「面食らった、貴方の顔を見るのが」
にっこりと笑う柳生は悪びれる風もなく次なる言葉を囁く。コート上の詐欺師と呼ばれる仁王を言葉で眩ませようとしているのだと云うことに、そうしてやっと合点がいった。他愛の無い言葉遊びだとは言え、いいように揶揄われてしまったのだと云う事実に気付いた仁王は、己の身体の下で微笑んだままの男の頭の横にぐっと手をつき覗き込んだ。
「ペテン師を謀ろうとはいい度胸じゃ」
「とんでもない。ホンモノの詐欺師にはとてもとても、敵いません」
「覚悟はできとるんじゃろう?」
もう黙りんしゃい、と言いながら距離を詰めればふふ、と柳生は妖しげな笑みを零し仁王の後ろ髪を縛っていた髪紐をするりと解いた。細やかな指使いで痛みすら感じることなく解けた戒めはベッドサイドに丁寧に置かれてしまう。ばさりと落ちた髪がそのまま檻になり、二人は銀色の世界の中に閉じ込められた。世界は閉鎖された。
「貴方こそ、私を甘くみない方が良いですよ」
「よう、言う」
のはこの口かと、喰らい尽くさんばかりのキスを受けて、柳生はそっと瞼を閉じ仁王の首に手を回した。
壊れてしまうほど抱き合えばきっといつかは気付いてくれるのだろうかこの騙し騙され本当のことからのらりくらりと逃げている二人の歪な、関係にと考え柳生は一粒だけ涙を零した。
上当受騙
07.11.06 H