「のう、やぎゅー」
ベッドの上、裸のままで寝そべった仁王は、隣で惰眠を貪る男の名を呼びながら髪を些かの力を込めて引っ張り覚醒を促した。カーテンの隙間からぼんやりと薄明かりが漏れているだけの室内は未だ暗く、明け方に近いことは分かるが日はまだ昇りきっていないようである。
もぞりと身体を動かし寝返りを打つ柳生は仁王の悪戯に気付いているのかいないのか、寝惚け眼で相手の姿を捉えつつ、ひどく緩慢な動作で手を伸ばす。指先が銀色の前髪を抓み、ゆっくりと瞬きをした後真っ直ぐで曇りの無い、幾分か色素の薄い瞳が仁王を捉えた。
「どうかしたんですか」
問い掛ける口調は優しく、寝起き時特有の少しばかり舌足らずな発音が普段寄りも随分と彼を幼く見せる。無防備に開いた唇。そっと頬を撫でれば、全く状況が理解できていないのかきょとんと瞠られた瞳に己が映る。
そこに映る自分はどの景観に存在する自分よりも優しく見えて、可笑しい。仁王は一人くつくつと喉を鳴らせて笑った。振動が互いの指先を通して伝わり、更に意味が分からないとばかりに柳生の眉は寄せられてしまう。
「ん、何でもないぜよ」
起き出したことで満足したのか仁王は笑みを浮かべてそっと柳生の髪を梳いた。そうですか、と小さく、吐息のように呟きまた虚ろに閉じられてゆく瞼。薄茶色の瞳が隠れてしまうのが勿体無くて、仁王はその瞼にそっとキスをする。
「だから、何なんですか」
ぱちりと開く瞳。完全に覚醒したのか、億劫そうに髪を掻き上げ溜息を吐きながら上体を起こせば同じく素肌を晒した柳生は、布団から出たことで明らかになる温度差にほんの少し肩を震わせた。見下ろされる視線を受けて、ごろりと仰向けになった仁王は頭の下で手を組みまたクク、と笑う。
怪訝そうに覗き込む柳生を見上げているとむくむくと悪戯心が沸き上がり、仁王くん?と問い掛けられて開いた唇に起き上がり様キスをした。頭の後ろに回した手で髪をくしゃりりと撫でしっかりと固定してやれば、柳生は一瞬抵抗を見せはしたものの瞼を閉じて結局は行為に甘んじ、ん、と小さく喉を鳴らす声を漏らす様は普段紳士と呼ばれる彼からは想像もつかない。
仁王だけが知っている柳生だった。
そのことに、ひどく優越を覚えている自分がいることを自覚したのは一体いつだっただろうか。
「……朝から、ひどい顔じゃのう」
「っ、貴方のせいではないですか!」
唇を離せば潤んだ瞳とぶつかり抑え切れなくなった情動が溢れた。口元を拭いきつく睨め付ける男の肩をベッドに押し戻すと、首筋に触れるだけのキスを送りこつりと額に額をぶつける。
「柳生が無防備に寝とるから、悪いんじゃ」
「そんないいがかりをつけられても、困ります」
至近距離で呟けば何とも素っ気無い言葉が返ってくるが、肌理細かな肌をゆっくりと撫で辿る手を止めようとはしなかった。ふるりと震えたのは、先のように温度差を感じでのことではない。
柳生はただ諦めたようにふうと、一つだけ溜息を吐く。
窓の外は段々と明るくなっていた。それにも関わらず二人の世界には光が届かない。全てを遮断するのは歪む白いシーツと触れる指先とたどたどしく繋げた舌の感覚だった。昨夜の行為の所為か死人のように重い身体をまた、朝の光が差し込む部屋の中で、二人は狂ったように求め合うのだ。
死して屍は踊る
07.10.30 H