こつりと肩に軽い衝撃を受け、仁王は隣を見遣った。静かな車内には眩しい太陽の光が溢れ、カタタンと云う音に呼応する振動だけが規則的に続いている。
 乗客はまばらだった。丁度対角線上にある優先座席にはカートを持った老女が一人、サラリーマン風の男は真ん中寄り座り舟を漕ぎ、そして若い女性はその男性の斜め前程で文庫本を開いていた。におうと柳生は二人、彼らとは少し離れた車両の端で隣り合って座っている。
 仁王の肩に衝撃をもたらしたのは、しかし電車ではなく隣に座っていた柳生であった。さらりと流れる栗色をほんの少し薄めたような髪に反射する太陽の光をまともに受け、仁王は眉を寄せ目を細める。けれども眩しいのはそればかりではなく、珍しく居眠りをしている柳生そのものがある意味では眩しいのであることは、自身がよく理解していた。

 こつりと肩に預けられた頭。
 全くもって無防備に寝顔を晒している彼を、ここぞとばかりに眺めて仁王はそっと片頬を持ち上げ苦笑の様相を浮かべる。
 疲れているのだろうことは想像に容易い。ただでさえ忙しいテニス部の練習やミーティングに加え、日々の授業、そして委員会の仕事にさえ全く手を抜かない。この頃は委員会の仕事までもが忙しいらしく、空き時間を見つけては足しげく図書館に通っているようであった。

 仁王はきらきらと光る髪にそっと、右手を伸ばす。左肩には柳生の頭が乗せられているため、動かすことはできない。
 車内は静かだった。
 触れた髪は当然のことながら温かくは無く、ゆったりと指の隙間をすり抜けてゆく。そして同じように徐々に速度を落とす電車は、停車駅が近いことを意味していた。
 移り変わる景色の中で、時間さえスローモーションのようで、世界はやはりとても、静かで穏やかだった。

 ホームへと緩やかな振動と共に滑り込む電車。ぱらぱらと乗っているだけだった乗客も全て降りてしまい、残されたのは本当に二人だけになってしまう。
 雑音交じりの放送は、遂に行き先に終点を告げた。不意にガラス越し外を見遣れば、眼前に広がるのは今まで来たことの無い土地の勿論の観たことも無い景色だ。
 そして隣には静かに寝息を立てている柳生の姿がある。時間の流れはひどく緩やかだ。仁王は柳生の額に掛かる少し伸びた前髪をそっとかき上げ、もたげた悪戯心そのままにキスを送る。柳生は電車が揺れた感覚にか、それとも触れた感触にか、うんと一つ声を漏らした。苦笑を零す仁王の耳に届くのは、終点への到着を告げる車内放送だ。

 ちょっと肩に手を遣りこのまま置きがけにキスをしたならどんな顔をするのだろうと、思いついたそれを実行するために距離を詰め覗き込み、そしてそっと、囁いた。

「柳生、起きんしゃい」

 はたと揺れる睫毛が瞳を顕わにしない内に、一度の瞬きすら終わらない内に、仁王は瞼を閉じてそっと、柳生にキスをした。





優しい時間

07.11.15 H