青い、青い空には雲一つ無い。澄み渡る空を仰ぎ、大阪の空も綺麗なのだと、思う。しかし、耳の奥でぼんやりと響いている音楽に意識を集中させようと瞼を閉じれば、結局その空も残像を残して視界は黒で閉ざされてしまった。それでも尚、感じる日の光。
 財前は屋上の給水塔の影に居た。後ろ手についた手。コンクリートの上に放り出した小さな音楽再生機器から伸びるコードは両耳に装着されており、僅かに音が漏れ聞こえているだけで。後ろに体重を預けて、顎を上げて、そのまま後ろへと倒れる。そうすれば、じりじりと焼け付くような日差しの、丁度影になった場所へと上半身が入る。そこが、財前の隠れ家的場所だった。
 嫌いだ。
 無遠慮に暗闇を突き破る太陽の光が、嫌いだ。じりじりと焦げ付くような熱を放出している、太陽が嫌いだ。理由を考えてみれば簡単な事で、只暑さが苦手なだけだと云う結論に落ち着ける。しかしだからこそ、太陽が、太陽の光が、嫌いだと主張する所以はまた別の所にあるのだと認識することも容易い。

「あー…」

 唸るような声を、喉奥から発して財前は目を閉じたまま顔を腕で覆った。瞼だけでは消えなかった太陽の光の感覚が、少しばかり遠退く。影になった部分へ入った上半身と、灼熱の太陽の光を浴びる下半身。上下に分断された身体の相反する感覚に、眉を寄せた。下半身は未だじりじりと光を浴びたままだ。
 五限目の授業はとっくに始まっていて、そしてそれが自習になることを前以て知っていた財前が選ぶ道は一つだった。人気の無い屋上に一人。傍には音楽を奏でる小さな機械。いつだって賑やかなこの学校で、唯一自分だけが切り離されたような錯覚に陥る。その感覚が気持ち良い。ここに居るのに、ここに居ない。どちらをも確立する二律背反が、存在する感覚が、ひどく。
 時折消えてしまいたくなる時がある。そんな時は決まってここを訪れた。都合よく教師が休んでくれた五限目を最大活用して、財前は己の時間に浸る。誰にも侵されない空間に響くのは、鼓膜を震わせる音楽と、体育の授業をしているらしいどこかのクラスの生徒達の、はしゃいだような微かな声だけ。他はもう真っ暗な世界と、半身に存在を主張する太陽の、光。相反する感覚は、己の中で渦巻く感覚によく似ている。昨日の試合、ゲームを落とした財前。悔しくて握り締めたラケットと俯きかけた頭に、そっと触れた手のひら。
 記憶を反芻する。一定のリズムが刻まれる。流れる音楽の言葉ではなく、リズムが意味を持ち始める。急激に襲い来る睡魔に、財前はぐるぐると迷走する思考ごと、意識を手放した。



「……ざーいぜん」

 名前を呼ばれている、気がする。ぼんやりと覚醒する意識を揺さぶるのは、誰かの声だ。聞き覚えの有る、何時も、そんな風に優しく呼ぶ、声。
 頭をくしゃりと撫でられて、薄っすらと目を開けば視界を埋めるのは明るい、金色。太陽を背負って覗き込むのは決まってあの人だ。ああ、この人を知っている。いつもいつも、財前がどこに居ても、この人は探し出して揺り起こして、名前を呼んで、少し困ったような顔で笑うのだ。この距離で手を伸ばせば、太陽に届く。ゆっくりと伸ばした手を絡め取られて、手のひらの温度が、意識を覚醒させる。

「財前、起きや。部活やで」

 握られた手のひらが、あつい。ああ、そうだ、太陽なんか。





空に描く

08.09.18 H