ざあ、と音を立てて降り始めた雨。それは一瞬の夕立で、やっとの事で辿り着いた軒下での雨宿りは、あっと云う間に終わってしまった。
 濡れた服が肌に張り付いて、気持ち悪い。更にじめじめとした雨上がり特有の湿っぽさが、追い打ちをかけて財前は眉を寄せた。今日の朝の天気予報では雨だなんて一言も言っていなかったのに。

「通り雨、やったみたいやなぁ」

 隣でぼんやりと、間延びした声を出したのは同じくずぶ濡れになってしまったテニス部の先輩で、水滴が滴る金色の髪をふるりと振った。水滴と髪とが差し込む太陽光に反射して、散る。まるで大型犬のようだと、思わないでもなかったが敢えて口にはしないでおいた。もう何度も口にしている言葉で、同じ表現にも飽き飽きしてしまった。

「スね。……ついてへん」

 心底面倒そうな響きを滲ませた後輩の呟きに、謙也はちょっと横を伺って濡れた黒髪をくしゃりと撫でる。何スか、と、きつい眼差しが投げ掛けられるがその手を払おうとはしなかった。濡れた髪が、顔に張り付いていてそれを少し、拭ってやる。
 財前は驚いたように一瞬目を瞠ったけれど、謙也の唐突なスキンシップに慣れつつあるのか小さな溜息を一つ落としただけだった。何故こんな風に、手が伸びるのか。謙也自身その衝動をよく理解していなかったけれど、財前が嫌がらないということはそれを許されていると考えて良いのだということは、分った。
 正直猫のように気紛れで、先輩を先輩とも思わないような態度をとる後輩に、こんな風に触れることを許される距離にいることは不思議な優越感を生む。野生の猫を手懐ける、そんな感覚に似ているのかもしれない。
 居心地悪そうに肩を竦めて空を仰ぐ財前。視線の先には雨上がりの虹だ。綺麗な色で空を彩る先を、財前はじっと見つめていた。謙也は手を離して財前の背中を軽く叩く。

「よっしゃ、行くで!財前」
「ちょ、謙也、せんぱ…」

 言うなり、足元に投げ出していたラケットバッグを背負って謙也は駆け出した。一時も待っていられないとでも言うように。不意を突かれた財前はスタートダッシュが遅れてしまう。ぐんと開く距離。大きな水溜りを飛び越して、走る、走る背中を追いかけるのが精一杯だった。
 息が上がって立ち止まって、ふと覗き込んだ水溜りに映るのは汗が光る己と真っ青な空で、振り返った謙也がほんの少し伸ばした手が、消えかけた虹の上に映りこんで。俯いたまま財前は少し、笑った。





水溜りに映る

09.06.24 H